大判例

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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)70232号 判決

原告 城南三洋株式会社

右代表者代表取締役 竹田武雄

右訴訟代理人弁護士 八木忠則

同 高橋功

被告 広木電機株式会社こと広木巳知雄

右訴訟代理人弁護士 宮崎章

右訴訟復代理人弁護士 宮崎治子

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

(一)  被告は原告に対し金八一万三、七六〇円およびこれに対する昭和四三年八月一九日から完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

(二)、訴訟費用は被告の負担とする。

(三)、仮執行の宣言。

二、被告

主文同旨の判決。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

(一)  被告は井伊保宛に別紙手形目録記載の約束手形九通(以下本件手形という)を振出した。井伊は本件手形を各満期に支払いのため支払場所に呈示した。原告は本件手形を期限後である昭和四六年四月六日井伊より譲渡を受けこれを所持している。

(二)  被告は本件手形を広木電機株式会社名で振出したものであり、同社は被告の個人企業即ち自己の個人営業に株式会社の名称を附したものに他ならず、井伊は被告個人を信用して本件手形振出の原因行為たる電機製品(三洋電機株式会社の製品)の販売をしたものであって、原告は広木電機株式会社の法人格を否認する。広木電機株式会社が被告個人企業である所以は、同社の資本金は金五〇万円であってそれは実質的には被告および同人の妻が全額出資しているものであり、取締役も被告および同人の妻を除き取締役の名義を貸しているにすぎない。また従業員も家族の手の空いている者が店に出ており、家族(被告の子供男一名・女二名)以外の従業員は二名であって、経理関係も被告が直接記帳しているような企業である。

(三)  仮りに広木電機株式会社(以下訴外会社という)が被告の個人企業でないとしても、被告は同社の、代表取締役であって、同社は昭和四二年一二月初頃には負債が資産を上廻る状態で倒産は必至であることが代表取締役である被告には充分判明していた。唯同年一二月には年末でもあるので歳末売出し等の関係から小康を保っていたものである。同社は右のような状態であって、昭和四三年二月一五日には井伊に対し合計金四三万五、七二〇円の約束手形三枚を振出したが、これはその支払いができないことを知りながら振出したもので、その後同年四月二五日には井伊に対する手形を落すことができなかった。要するに被告は前記のとおり訴外会社が本件手形の支払不能であることを昭和四二年一二月初めには予測し、少くとも昭和四三年二月一五日には本件手形の支払いが出来ないことを充分知悉しながらこれを振出し、その満期に支払うことができなかったものであって、被告には訴外会社の職務を行うにつき重大な過失があり、原告は被告の右過失ある行為に基き振出した本件手形の譲渡を受け、同手形金額八一万三、七六〇円の損害を蒙った。そこで原告は被告に対し商法第二六六条三第一項に基き右損害を賠償すべきである。

(四)  よって原告は被告に対し金八一万三、七六〇円およびこれに対する昭和四三年八月一九日から完済まで手形法所定年六分の利息金((三)の場合には商法所定の遅延損害金)の支払を求める。

二、被告の答弁

(一)  原告主張の(一)の事実中、本件手形を被告が振出したことは否認し、その余の事実は不知。

(二)  同(二)の主張事実は否認する。

そもそも法人格の否認とは、会社の存在を全面的に否定するものではなく、特定の事案につき会社であることを否認し、その実体を把えて法律上取扱いをしようという理論である。

判例・学説上その特定の事案の類型として挙げられているものをみると次のとおりである。

(1) 会社の法形態の濫用がある場合。例えば会社の利用による法の潜脱・会社の利用による契約の回避・会社の利用による第三者詐害。

(2) 当事者が法律上でなく事実上も別個の人格であることを前提とする法規の解釈において事実上同一人が会社の背後にかくれ、法律上別個の当事者として関与する場合。

原告は訴外会社の法人格を否認すると云うが、まず特定の事項を否認するものではなく、また判例学説で述べられている類型にもあたるという主張でもなく、単に個人企業であると云うだけではその主張自体何等理由のないものである。

(三)  同(三)の主張事実は否認する。

被告は訴外会社の代表取締役としての故意または過失によって、原告主張の本件手形を不渡としたのではない。訴外会社は昭和三六年八月一六日設立以来、月商約七百万円から千五百万円の商取引を行い、取引銀行には常時四〇万円位の預金をし営業活動を行ってきたものである。従って昭和四三年四月初旬頃までは何等営業活動および債務負担等に支障はなかったのである。しかるに同年五月九日突然約一〇万円の債権者であるいすず電器株式会社の社長外三名余が来社し、当時千代田区外神田四丁目八番一号にあった訴外会社の店舗から商品等の引上げを行い、店舗内にあった、机・ロッカー等を滅茶々々にされそのため帳簿類も紛失してしまった。従って当時の詳しい数字は不明であるが、被告は訴外会社の代表取締役として昭和四三年三月末より当時約四〇万円の預金のあった東京相互銀行から、当時の借入金七〇万円を返済して更に一五〇万円を借入れるべく、銀行との間で慨ね交渉がまとまっていたところ、急に四月中旬頃の借入予定日になって金融引締等の事情で借入が延期になり、一方では借入の準備として貸付金と預金等を相殺されてしまったので、多少運転資金の余裕がなくなったのである。そこで被告は従来五〇万円前後の金策を時々してもらっていた実弟の広木正之(台東区議)に金融を依頼しようとしたが、同人は東南アジア方面を旅行中のため顧客等の前渡金等でなんとかやりくりをして同人の帰国を待っていたところ、前記いすず電器の所為のため顧客の信用を失い運転資金が続かず訴外会社は倒産した。しかし井伊に対する関係では、昭和四三年四月二五日満期の金九五、六八〇円の約束手形については送金して、また手形目録(一)の手形(満期四月二八日)については一部現金で他は品物等でいずれも弁済しているのであり、同(二)の手形(満期五月二〇日)も同(九)の手形(満期八月一九日)に書替えて切抜けられる状態にあった。そこで当時被告は訴外会社の代表取締役として職務を行うにつき何等の過失も有しなかったのである。

(四)  同(四)は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

≪証拠省略≫によれば、本件手形を受取人である井伊保が各満期に支払場所に呈示したところいずれもその支払を拒絶されたこと、および原告は本件手形の期限後である昭和四六年四月六日井伊より譲渡を受けてこれを所持していること、が認められる。

原告はまず法人格否認の法理により、被告に本件手形金支払義務があるというのでこの点につき検討する。ところで、法人がその名義をもって約束手形の振出その他の取引等をなした場合においても、その法人格が全くの形骸にすぎない場合、またはかかる法人名義をもって取引等をなすことが法律の適用を回避するために濫用された場合においては、右法人名義をもってなされた取引等をその実質的な事業主である個人がなしたものと同視して、右個人に対し右取引等より生じた債務の履行を求めることができるものと解されている。しかし法人が実体上他の人格と区別されて存在し、かつ前記のような事由が存しないのに拘らず、単にその法人の組織が小規模であり法人としての通常の事業活動としては充分な評価がみとめられず、その運営が殆んど一人のものによって主宰されているという、いわば個人的企業の色彩が濃いという(なお原告はその(二)において主張する理由により、訴外会社は単なる名称で被告個人企業であるとのみ主張している。)のみでは当該法人の独立性を否定し、法人格否認の法理を適用することはできないと解するのが相当である。

≪証拠省略≫によると、次の事実が認められる。訴外会社は家庭電化製品・電機器具およびその部品の販売を主たる目的として昭和三六年八月一六日資本金五〇万円、発行済株式数一〇〇〇株(一株五〇〇円)で本店を千代田区外神田四丁目八番一号(昭和四二年五月一日千代田区神田松富町一二番地より変更)に置き設立されたものであること。代表取締役は被告および広木菊子(被告の妻)、取締役は渡辺秀、監査役は鵜殿元一と登記され、被告夫婦の住居は千葉県市川市須和田一丁目六番九号であること。その営業は前記本店で専らなされており被告が経営全般を掌握しその家族がこれを補助し、他に従業員としては自動車の運転を主とするものが二名、学生アルバイト二名であったこと。訴外会社としては東京相互銀行上野支店を取引銀行としておったこと。訴外会社の月商は昭和四二年頃は平均一千万円位であったこと。以上の事実を認定することができる。≪証拠判断省略≫

右認定事実によると、訴外会社は小規模な組織であり被告がその運営全般を主宰してきたものとみるのが相当である。しかしながら被告が法人格を不当あるいは違法な目的で利用してきたと認めるに足る証拠はなく、被告と訴外会社との間で業務活動および経理処理の面において混同されてきたと認めるべき証拠もない。してみると、訴外会社が形骸化した法人格だとか、被告が法人格を乱用していると断ずることはできない。よって訴外会社の法人格は否定せられるべきだという原告の主張は採用できない。

次に原告は被告は商法第二六六条の三により損害賠償責任があるという。被告が訴外会社の代表取締役であることおよび本件手形が不渡りとなったことは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫を綜合すると次の事実が認められる。

即ち、本件手形(但し(九)を除く、この点は後述する。)と額面九五、六八〇円、満期昭和四三年四月二五日の約束手形は訴外会社が井伊保より電機製品を購入したその代金支払のため振出されたものであること、その振出日は昭和四二年一一月二七日から四三年三月三〇日でありその当時(昭和四二年一一月頃)は訴外会社の月商七、八百万から千五、六百万円で営業は順調であったし、資金面においても何ら支障を生ずるようなことはなかったこと。昭和四二年春頃に訴外会社の従業員が連続して重大なる交通事故を惹起したためその賠償として訴外会社の代表者たる被告は相当多額の出捐を余儀なくされたこと。そのことも影響して訴外会社としては営業成績は悪くなく手持ち資金も余裕があったのが、次第に平均して資金面も下降線をたどり昭和四三年三、四月頃には苦しくなってきたこと。しかしその頃はまだ東京相互銀行上野支店に訴外会社は定期預金七二万円があり、むしろ銀行より金一五〇万円の融資をするからといわれ同年三月被告はその借入申込みの手続をしたところ、銀行よりなかなか応答がなく一ヶ月以上も経過してから金融引締めを理由に融資を受けられなかったこと。右銀行からの借入金について応答のないうち昭和四三年四月二五日になりはじめて金九五、六八〇円の手形が落ちない事態が発生したこと。そこで被告は翌二六日城南信用金庫を通じて銀行送金し訴外会社として右手形金九五、六八〇円を井伊に支払ったこと。また被告は井伊に対し金七八、〇〇〇円(満期四月二八日)の手形については一部現金で他は訴外会社の品物等で弁済し、また本件手形中(二)の手形(満期五月二〇日)も同(九)の手形(満期八月一九日)に書替えて不渡を防ぐため被告は努力したこと(なおこの書替えについては井伊も了承し振出日が四月三〇日の右(九)の手形を同人が受領していることは留意すべき点である。)。さらに被告としてはその急場を切抜けるため被告が従来も訴外会社のため金五〇万円前後の金策をしてもらったことが何度かあった実弟の広木正之に金融を依頼しようとしたが折悪く同人は東南アジア方面に旅行中であったので同人の帰国を待っていたこと。ところが五月九日突然債権者の一人であるいすず電器株式会社の者数名が外神田にある訴外会社の本店兼店舗に来て被告の頼みと抵抗を無視して商品等を引上げかつ店舗内を荒したこと。その打撃が訴外会社としては最も影響して顧客の信用を失い運転資金も続かず東京相互銀行からも解約(本件手形中満期が五月二〇日の(二)の手形の付せんに「取引解約後」とはじめて記されている。)され遂いに訴外会社は倒産したこと。なお倒産時の訴外会社の負債は約一五〇万円であり、その内訳は原告約八〇万円・いすず電器一〇万円・その他神田の問屋一〇ないし三万円の数件であること。以上の事実を認定することができる。

原告はその(三)において「同社は昭和四二年一二月初頃には負債が資産を上廻る状態は必至であることが代表取締役である被告には充分判明していた。……少くとも昭和四三年二月一五日には本件手形の支払いが出来ないことを充分知悉しながらこれを振出した。」旨主張するが、右事実を認めるに足る証拠はなく、却って前掲証拠およびそれにより認定した事実よりすれば、右主張事実は到底肯認できない。

してみれば本件手形の振出に関して被告が訴外会社の代表取締役としてその職務を行うにつき重大な過失がありとは断ずることはできないから、爾余の点につき判断するまでもなく前記(三)の原告の主張も採用の余地はない。

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原康志)

〈以下省略〉

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